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畏れ多いこと

畏れ多いことに、今月、二冊の献本をいただいた。
『明治演劇史』

明治演劇史

明治演劇史

円朝全集』第1巻

 の二冊である。

私にとっては、なんで献本していただけるのか?
疑問である。献本して下さった方は、それなりにこれらの本を作るに際して、私が協力したと思って下さったのだろう。
誠にありがたいことである。

このような自分が欲しい本、自分で手がけてみたかった本が、いただけるのは心からありがたい。
不謹慎な言い方を許してもらえるなら、
編集者という者は、出したい本があるから編集者をやっている。
それなりの苦労をして、本を世の中に送り出すのだ。

送り出してしまうと、もう読まない。完成するまでに原稿の時点で、校正の時点で何度も読んできたからだ。たぶん多くの編集者は読まないだろう。
それが、今回は、自分では苦労しないで、完成品を味わって読めるというのは、願ってもないことである。

さて、献本をもらって、このようなことをブログに書いているのは、正直言って、半分は自慢である。嬉しいことを書いてみたい気持が収まらないのは事実である。
しかし、よくよく考えてみると、私の言動が、感謝され、献本された。そして、献本して下さったお二方は、人任せではなく、手ずから献本するため時間をかけ、行動を起こしていただいたのだ。私の所に届いた献本の姿をみれば、人任せの献本でないことは一目瞭然である。お忙しい方々にそこまでしていただけるとは。恐縮の憾みである。

つくづく有り難い。これからの自分の言動を、注意して、慎み深いものしていかなくてはならない。

願わくば、これらの良書を味わって読む時間の確保をする、強い意志が欲しい。