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正宗白鳥『近松秋江』

 休日は、近所の図書館に行くことが多い。
 徒歩の場合もあるが、自転車の場合もある。
 この間行ったときに、リサイクル本で文芸春秋社の『現代日本文学館』が、数冊「どうぞお持ちください」とおいてあった。ボクはひいきの神田の八木書店から、新潮社の『日本近代文学全集』(正式な名前かなぁ)を購入していたのだが、この文学全集は、装丁は気に入っているのだが、編集が、昭和文学に傾いているきらいがあって、時々困る。
 そう感じていた矢先なので、『正宗白鳥集』と、『横光利一集』を有り難く貰ってきた。『正宗』の方は、新潮社の全集に入っていないので、当然だが、『横光』も新潮社の方は束(本の厚み)が薄ので、貰ってきた。
 先だっての土日は、体調が悪く、殆ど外出もせずにいたので、標記の作品を読んでみた。
 学生時代に、集英社の文学全集の『近松秋江集』(平野謙編集)を読んで依頼、近松秋江のファンなので、読んでみた。
 面白かった。
 久々に、明治以来の作家の作品を楽しんだという感じである。

 この作品は評伝のようでもあるが、やはり小説として読んだ方がいいだろう。
 そして、実際にかかれている秋江とその秋江の対極にある白鳥の位置を読むべきだろうという気がした。
 変な縁で、この作品の中でも触れられている秋江の二女の方ともお話ししたことがある。彼女はこの作品を始め、白鳥は秋江を冒涜しているとして、苦々しく感じているという口ぶりである。実際、ここまで具体的にかかれていれば、肉親として無理はない。
 しかし、ボクとしては、文壇で頭角を現す以前および直後の、正宗白鳥の精神の遍歴を屈折した形の表現で、作品化したのではないかと、考えたい。

 しかし、徳田秋声の年譜的事項も勉強になったので、そういった興味が改めて起こってきた。次は「微光」を読むことにしよう。