日記:10月9日 仮名手本忠臣蔵を見る

朝、10時前に外出。娘2と共に、サミットにより、ポッキーと柿の種を購入。池袋で娘2をベンチに座らせ、東武デパートに寄り、行楽弁当1080円と、ゆで卵がマルマル入ったお握りをそれぞれ二つ購入。娘の処にもどり、国立劇場に向かう。11時開演ぎりぎりに間に合う。

大序など当然つまらないものとあきらめていたが、思いのほか、綺麗で嬉しい。

その後も加古川本蔵の重要性なども改めて認識できたのもよかった。

一番見たかったのは、判官切腹の場面。これは、直前の電車の中で、娘2に淀五郎という落語を聴かせておいたのだが、歌舞伎の場面を見るのは始めて。落語の方が面白かった。

ところで、幸四郎の足下が揺らいでいるように見えた。そういえば、私より年上なのだから、座っているところから立ち上がるのに、ちょっとよろめきかけるのは仕方がないかもしれない。

まぁ、面白かった。

 

来月も行きたい

学習

いま、担当している本には、難しい語彙がたくさん出てくる。

先日、記した二十三代云々というのもあった本である。

 

本日、学術出版社のPR誌を読んでいたら、

「各出版社の話題作が凌ぎを削っている」というのにぶつかった。

 

明らかに「鎬を削る」の間違いであろう。

書く方も書く方だ。しのぎをけずると入力すれば、私のATOKでは出てくる。

出版社の校閲もしっかりして欲しい。

 

校閲ガールのドラマが始まるのを楽しみにしている。

売れないよ

今朝、我が家の食卓で、

「昨晩、○○さんと、飲みに行って、彼の論文をまとめた企画を立てることにした」

 

と、家内に話す。

 

家内「いいね、でも、売れないよ」

と、答える。

 

これは、痛い。

 

ちょっと、というか大分ひるんだ。

 

なぜか、というと、私もあまり売れるとは思っていないからだ。ずばりホンネを疲れた感じ。

 

ただ、本が売れないというのは、一体どういうことなのか?

 

原価計算して、定価と発行部数の割合を考えて、採算がとれ、大きなもうけが出なくても、出版社としての再生産が可能であると判断し、そして、それを実行すれば、いいのではないだろうか?

 

だから、「売れないよ」というのではなく、

○○部しか売れない→○○部は売れる。と言って欲しい。

それが仮に100部だとしたら、100部で採算をとる方法を考えればいいのだ。

 

だが、○○さんの知り合いではあっても、出版人ではない家内にそれを求めるのはまちがっているとも思う。

 

家内が売れないといっているということ、それが1000部は売れないというのだろうか?500部ということなのだろうか?

もちろん、大手出版社だったら、こんな部数は眼中にないはずだから、もっともだけれども、仮に、500部売れたら、私としては大満足だと思っている。

 

編集メモ 20160923

「二十三代を襲う迄」

 

とゲラにある。

 

この場合、ルビを付けたものか?

それとも、二十三代も続いた家(家系)などと、文章を改めてもらうか?

二三代を襲う迄だ。

 

としたら、フミヨという女性に暴行を加えようというような意味に取られてしまうかもしれない。

 

これは、想定読者層を考えて、決定することになるのだけど、

この本では、これがそぐってしまう、文体なんだよなぁ。

FACEBOOKにかいたもの くだらないよ。

 
 
さて、購入して早速、本に購入した書店の紙のカバーをきちんとセットしようとしたら、なにやらボーズが見えるではないか、あれ? と思って手に取ってみると、普通の註文短冊、スリップとかボーズと呼ばれるものと同じ形状のものが挟まっているのが確認できたので、よくよく見てみるとそれは、常備短冊であったので、はたと困ってしまったが、早速戻しに行くというか、届けに行こうと思ったのである。
 
そもそも常備短冊というのは、普通の註文短冊とはちょっと異なっていて、一冊売れる毎に注文を出して、書店の書棚にその本を“常備”しておくべきものなのである。書店と出版社がそういう取り決めをしたアカシなのである。書店の棚には、私の購入した本が一冊だけしか出ていなかったので、もしかしたら、いや、きっとそのお店には在庫が一冊しかないのだ。
 
そのお店というのは、一時期、日本最大の書店だった訳で、そんなに大きな書店に、一冊しかない本。そして、版元必死の思いの常備短冊が、そのまま購入者(私のことだ)とともに消え失せてしまったら、その本の出版社は、その本の販売機会を、これを最後に失してしまうかも知れない! それは、私のセイ?
 
若干の心苦しさを抱えて、早速、三省堂書店に届けに行こうと思ったのだが、ちょっとみんな! 思い出して欲しい。
 
本日の昼は相当暑かったのだ。
 
このくそ暑い中を、駿河台の交差点を渡って、三省堂まで歩いて行くのか? それほどの距離ではないが。そして、あんなに大きなお店で、最近、池袋のジュンク堂をまねして、会計を一階の一箇所に纏めてしまって、いつも会計が混雑しているところに、また、並んで、説明するのか? 常備短冊のことを知らないレジの片もいらっしゃるかも知れない。それともインフォメイションにいって、どうすればいいのか? と相談するのか?
 
ダメだ。
 
まったく分からないじゃないか? 
 
 
と思い至った私は、じゃじゃぁ~ん、そこであきらめることなく、私の会社の斜前にある、その私が購入した版元(出版社のこと)に、行くことに、対処の方向を変えたのであった。
 
「御免ください、斜前の馬並書店です。」(この馬並書店という名称は、昔よく使ったなぁ)
「はいはい、何でしょう」
と、中から、営業の感じのいい女性が出て来て、経緯を話して、常備短冊を渡したところ、大変喜んで貰った。
 
常備短冊を購入者が届けるというのも、滅多にないだろうなぁ。
 
今日は、人に喜んで貰うことが出来て、いい1日だった、と力強く思うのであった。
 

夏休み開始、今日は本を読んでいる

今朝から、本を読むことを目標に一日を過ごすことにして、読みかけていた津野海太郎の『花森安治伝』をまず読み終える。

 

引き続き『あしたから出版社』(島田潤一郎、晶文社、2014年)を読む。

いずれも、公共図書館で借りだした物。

 

花森安治伝』は、得るところが多かった。そのうちの最大なことは、私は、昭和期の文学者のことは、殆ど知らないということが分かったことだ。知りたいと思った。

マガジンハウスの岩堀喜之助が、花森安治の部下であったというようなことが書いてあった。そして、「暮しの手帖」の最盛期を過ぎたころに、マガジンハウスが、「クロワッサン」が出て来たというようなこともおもろしかった。そして、なによりも、私は以前、岩堀の評伝のような本、たしか『マガジンハウスを創った男 岩堀喜之助』というのを、面白く読んだという記憶があるにも関わらず、何も覚えて居ないと云うことに思い至って、頭の悪さを痛感する。

 

『あしたから出版社』というのは、文学書と認識した。とくにうまい小説ではないが、面白く読んだ。編集の素人が出版社を始めるに当たっての動機や、その後の経過を書いているわけだが、この素人さ加減が、鼻につかないか? というと、相当鼻につくのだが、それは、苔がはえ、ヘドロが溜まった私のような編集者が、針でちくちく刺されるような痛みを感じさせられたが、表面張力で皮膚の上で丸くなる赤い球がそこそこかわいらしいので、嫌な気持ちを引きずることはなかった。

 

176pに

たとえばある失敗を機にお金に困り、マーケティングなどといいだして、自分が必要としていない本を、これまで培ったノウハウで、ヒョイヒョイとつくってしまうように思う。

 

と自戒をこめて書いているが、これなどが赤い球である。

 

 

 

 

初期入力

初期入力という言葉も、最近余り聞かなくなった。

最近は文章を書きたい人は、必ずといっていいほど、パソコンを使って、文書を作ることが出来るからだ。

 

ホンの十年ほど前は、手書き原稿、もしくは組原稿がまだまだ主流を占めていた。それに加えて、ワープロ専用機、そして、パソコン系のデジタル原稿というのが普通だったかも知れない。時期的にはもう少し振るかも。そして、デジタルデータを貰う度に、FDはどんな仕様かとか、ワープロは何を使ったとかを執筆者に確認していた記憶がある。今は、メールに添付したり、ネット上のストレージでやりとりすることが普通だから、大きな問題はない。というか、印刷所も出版社も、どのようなデジタル事情に対応できるようになってきたセイだろうと思う。

 

ということは、今では、執筆者が活版時代の文選をしてくれるのだから、楽と云えば楽なのだが、それは、執筆者自身の都合によっているだけであって、必ずしも、印刷所の組版システムの都合に合わせて、文選(原稿作成)してくれているわけではない。凝った組版、例えば、ルビを入れるとか、二字下がりで組むときに、行末を改行して行頭にスペースを二字分入れるとか、はっきり言って、ボクのような編集者や、印刷所にとっては迷惑なのだが、その事はまたべつに書くことにして、先に書いた手書き原稿や組原稿などは、まず、テキスト化しなくては組めない。

 

活字組版の時代は、デジタルデータで原稿を貰うことは時代的には無かったといってよい。では、電算写植の場合はどうか? 殆ど無かったといってよいと思う。

 

文字盤を動かして版下を作っていた初期の電算写植の時代はともかく、やがてコンピュータ化してきた電算写植機は当然デジタル入力をしていた。ただ、一般的なキーボードから入力するのではなくて、SAZANNAという名前だったと思うけど、多段シフト式の入力機が利用されていた、ハズである。多段シフト型の入力機は現在の一般的な入力機より、効率的に入力することが出来るのだが、そうなるまでの修練が大変だと云われていた。何が問題かというと、多段シフトでの入力が一人前に使えるようになるまでの教育費が甚大で、なれてきた頃には寿退社ということになって、投下資本を回収できない可能性が多い点が、もともと危惧されていたことではあるが、一般的にはなり得なかった。

その次にちょっと注目を集めたのは、富士通のオアシスの親指シフトという仮名入力に特化した(もちろんローマ字入力も出来たはずだが)キーボードである。結局は普通のキーボードを、ローマ字入力で利用するというパターンに落ち着いた。

 

私の考えでは、活版印刷で作られた本の総冊数と電算写植機によって作られた本の総冊数は、案外近似値を示しているのではないか? と考えているのだが、これもなかなか実証する為の資料を集めることも出来ずに放ってあるが、何を言いたいのかといえば、ホンの10年ほど前の出版業界の右肩上がりの絶頂期には、相当数の本が世の中に送り出された訳で、その頃の文字入力というのが、どのように成されてきたか? というと、殆どがこのローマ字入力であったと、私はにらんでいる。

 

そして、各地に入力専門の会社が設立された。大日本印刷凸版印刷では、営業マンの奥さんが会社支給のワープロを使って入力の内職をしていた、という噂もあった。ちょっと慣れれば、簡単に入力できるので、入力専門の会社も数多く存在した。

 

しかし、だれでも簡単に入力できて、機会そのものが安価で誰もが使えるようにば、当然、文章を書く人自身も、ワープロを使うことになり、ひいては自分で自分の文章を文選するという行為を行っているということになる。

 

さて、話が、回りくどいのが、私の特徴であるが、そろそろ、本題に掛かろう。

 

多段シフトの入力は、活版の文選時代同様、形が似た文字の誤入力が多かった。それに対して、ワープロ入力の誤入力は、同音異義語が多い、その事を認識した上で、校正をするべきだと提唱したのは野村保惠先生である。

 

私のような、ザル校正者(枠とも言われる、その意は、引っかかりもしないという程の意。つまり、役立たず)などは、どちらにしても、誤入力が見つけられないのだが、一応、師匠野村保惠の教えを守って、どういう初期入力で校正が出て来たのか? 聴かないと落ち着かなかったものである。

 

ということで、紙原稿は手入力が主だから、同音異義語の入力ミスを中心に校正をすればいいと思っていた。そしてそれは、やはりほぼ10年ばかり続いていたのだが、最近は、ちょっと異なってきているようだ。

 

というのも、外注の入力会社も高齢化および寡占化が進んできていて、というもの、入力単価の引き上げが成されていないためだと思うのだが、印刷屋さんも困っているので、その打開策を探っているようだ。

 

そんなある日、校正が出校し、「清河八郎の干葉道場」という誤植が見つかった。私の担当書で、原稿が組み原稿。ワープロが普及する以前、とある大学の紀要に掲載された論文が、組原稿として企画を通り、私が、印刷所に入れたものである。

 

見つけたのは勿論私ではない。ウチの課長である。窓際族の私が課長に何かの許可を貰うために、ちょっとゲラを見せたのだが、そしたら、校正の達人のその課長が、原価に、誤植を見つけた。

 

どこが間違っているのか? 清河八郎は浪士隊を率いて京都に行く幕末の志士である。清河は清川ではないので間違っていない。間違っているのは「千葉」である。これは千葉周作の道場なのだ。

 

手入力なら間違いようが、ほとんどない、誤入力である。

 

何故、このようなことが出来したか?

 

ここは、「しゅったいしたか」と読んでね。

ちなみに、弊社では重版出来とは云わない。理由は重版など殆どないから、ということもある。

 

そう、もう誰でも分かると思うが、手入力をしたのだ。って、そんなことがあるはずはない。答はOCR入力なのである。

 

一瞬、なんでOCR入力なんかをするのか? とちょっと腹立たしかったが、組版単価を下げる工夫として、最近精度が向上しているOCRを使うことは、当然のことと思われる。

 

ただ、以前、はやりこの印刷所(名前は出すなと営業にいわているので出せません)の校正でOCRを使用して組版してきたことがあるので、そのときもOCRで入力した場合は、その旨伝えてもらうよう依頼しておいたハズである。それがなされていないので、その営業マンを呼びつけて、日頃の不満鬱憤(もちろんその印刷所にはまったく関係の無い)をてんこ盛りにした雷を落とした。って、ウソですよ。

 

そして、組版の責任者に現状を聴いて、どのようにOCRを使っているのか? どういう原稿にOCRを使っているのか? そしてOCRを使うか使わないかの判断は、工場内で誰がしているのか? というようなことを、事情徴収した。その結果は、その印刷所の企業努力の集積に他ならないので、私がここに書き記す訳にはいかない。

 

ただ、今後はOCRを使って入力した場合、OCRを使って初期入力をしたことが分かるように伝えてもらうことにした。その伝達方法も、ここでは記さない。

 

ただ、従来組原稿には、割り付けとか組み版指定が加筆される、原稿の読みの時点で気がついた誤植の訂正指示もある。そういう形で印刷所に原稿を渡すのだから、OCR作業の邪魔になる。それで、割り付け・指定を入れていない、まっさらな原稿、そう、OCR用の原稿をもう一組用意して渡すことにした。はっきり言って手間が一つ増えた。

 

でも、私たちの仕事は、納得できる本を作ること。そしてそれが共時的に売れて生活を保障してくれる素地になること。さらに通時的に読まれて、長く益することであるので、協力して出来ることは、お互いに、進んですることにしましょう。

 

まぁ、これも気持ちの問題だな。